本記事は、一般社団法人ファブデザインアソシエーションが主催、株式会社LDFが協力し実現したセミナーで、情報通信総合研究所 平井聡一郎氏が講演した内容を、開催レポートとしてまとめたものです。もともと中学校の技術・家庭科の教員としてプログラミングを教えられてきた平井先生が、今後の社会で必要とされる力を育むための教育や、海外の教育現場での事例をもとに、レーザーカッターが教育現場においてどういう役割を果たすのかについて話されました。
1. VUCA社会を生きる力
2020年度から小学校で実施された、新学習指導要領リーフレットには次の文言があります。「これからの社会が、どんなに変化して予測困難になっても、自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、判断して行動し、それぞれに思い描く幸せを実現してほしい。そして、明るい未来を、共に創っていきたい。」これが意味するのは、VUCA社会※、すなわち予測困難な社会を生きていける子どもたちの育成です。しかし、COVID-19や予測困難な事態が起こったとき、果たして子どもたちは自ら考え、判断して行動し、学ぶことができているでしょうか。要求されている教育レベルと現実の間にまだ大きな差があるというのが現状です。
※VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の4つの単語の頭文字をとった造語で、読み方はブーカです。
また、VUCA社会では、マニュアルがあればこなせる仕事や、ルーティン化できる仕事は消えていきます。知識集約型の仕事はAIが代替し、技能集約型の仕事はロボットが代替していきます。それでは、代替されない仕事に共通する必要な資質能力は何でしょうか。それは、自分の考えを言葉や文字、図、動画などで表現するコミュニケーション能力、また、それらを創るクリエイティビティ、こうした知識や高度な技能を備えたスペシャリティです。予測困難な社会で、代替されることのない人材を育成するために必要な、こうした資質能力を学校ではどのように伸ばしていけるでしょうか。
2. 教育の現状とこれからの教育
過去の全国学力・学習状況調査の中で、驚くべき結果がありました。単純な平行四辺形の面積を求める問題では96.0%以上の正解率であったにも関わらず、地図と関連させた同様の問題では、正解率が18.2%にまで下がってしまいました。
本質は同じ問題であるにもかかわらず、ここまで正解率に差が生じてしまうのはなぜでしょうか。それは、子どもたちに「情報活用能力」や「授業で得た学びを社会と結びつける力」、「考え方を考える力(コンピューテーショナルシンキング)※2」が欠けていたからだと考えられます。これを解決するためには、ただ正解を求めることを目的とするのではなく、どうやって解決したのかというプロセスを重視する視点が必要です。だからこそ、プログラミング的思考を養うことを目的として、小学校からプログラミング教育が必修化となりました。今回の学習指導要領の改訂は、指導方法の変更に焦点を当てられていたこれまでの改訂とは異なり、学び方も変えるというアクティブラーニングの視点に変わっています。これが、新学習指導要領が意図する「主体的・対話的で深い学び」です。
※2 出典:東京大学大学院情報学環長 塚原登 先生
「社会とのリンク」は、海外ではよく使われる表現です。学校教育は特殊な状況の教育ではなく、社会と結びついていなければいけません。これを実現するために、教育環境の改革も進められています。それが、GIGAスクール構想です。これは、「一人一台のタブレット」「クラウド環境」「通信環境」の3つの柱をもとに教育環境を整えて、知識伝達・一斉授業型から、探究的な学びへの転換を行っていこうとする取り組みです。
これからの社会で必要となる資質能力を育てるための答えの1つが探求的な学びであり、そのための環境づくりがとても重要になります。では、子どもたちが自ら考え、判断し、深い学びを行なっていくためにはどのような学習や環境が必要となるのでしょうか。
3. 海外から学ぶ探究的な学び
海外の学校で取り組まれている探求的な学びに関する事例をご紹介します。まず、学習時の様子に、日本では見ることのない驚きの光景があります。ある生徒は寝転がりながら勉強し、またある生徒たちは互いに向き合って話し、さらにある生徒は机に仕切りを作って1人で勉強しています。学習環境さえ自分で考えて、それぞれに合わせた方法をとっているのです。
また、ものづくりをとても大切にしています。教室にはたくさんの作品が飾ってあり、その隣にはQRコードが添えられていて、作者の情報やコメント、動画を観ることができます。また、「Who am I」という言葉が添えられている学校もあり、ただ何かを作るのではなく、自分とは何かを表現する手段として、ものづくりが位置付けられているのです。その他にも、勉強したことを表現する手段としたり、名札などの小物に至るまで、あらゆるところでものづくりが行われています。物理なのか音楽なのか美術なのか、これらを分けることのできない教科横断型の学習を見て取ることのできる作品も展示されています。
こういったものづくりを通した学習を支えるのは、やはり学習環境です。海外では、校内にもファブラボのような環境がある学校もあります。ファブラボとは、レーザーカッターや3Dプリンター、ミシンなどのものづくりをサポートするツールが備わっている工作室のような場所です。そこは、子どもたちが自由に安全に使うことができるように整備されているので、好きな時に好きなように使用することができます。また、学校だけではなく図書館などの公共施設にもそういった施設が備えられていて、子どもたちがものづくりを身近に行うことのできる環境整備が行政主導で実施されているのです。
4. 日本の教育環境をどのように変えていくか
日本では、ものづくりのようなアウトプットを中心とした学習はまだまだ進んでいません。現状では、インプット:アウトプット = 7 : 3 のインプット中心の学習であると考えられます。そこで、これからはこの対比を逆転させて、 3 : 7 のアウトプット中心の学習に変えていかなければいけません。
インプット=「読む、聞く、調べる」ことを通して学んだ知識を再構成・再構築し、思考して、アウトプット=「話す・書く、創る、演じる」を増やすことが必要です。また、インプットだけだと垂れ流しになってしまう可能性もあるので、他者からの意見や専門家からのフィードバックを得て、よりインプットを向上していこうとする得られる仕組みが必要です。
前述の通り、日本も環境整備としてGIGAスクールが進められていますが、紙で行なっていたことをデジタルに変えれば良いのではなく、重要な目的は探求的な学びの促進でありそこにはアウトプットが必要です。アウトプットをするために子どもたちが自らインプットしていくような学びが探求的な学びに繋がります。
探求的な学びには、合科・教科横断的学びが必要になります。その際に、創る(アウトプットする)ことで学べる(インプットする)ものづくりは、大きな役割を果たしていくと考えられます。これがPBL(Project-Based Learning)であり、STEAM的な学びになりえます。
5. 教育におけるレーザーカッターの役割
これまでの内容を踏まえて、レーザーカッターが教育現場でいかに重要な役割を果たすのかを考えていきます。まず、学校には多くの子どもたちがいることや、子どもたちの集中力なども考慮すると、作りたいものを素早く形にできることはとても重要です。3Dプリンターを使用する場合、3Dプリンターの機構上完成までに非常に時間がかかってしまいます。
これに対して、レーザーカッターは薄い材料であれば数分で加工することができるため、学校の限られた時間内で授業を行うには、加工の早さという点で適しています。さらに、完成度という点でも優れています。レーザーカッターでの加工は3Dプリンタに比べて手軽に使えて加工品質も高いので、子ども騙しではない完成度で作品を作ることができるのです。
レーザーカッターの利用は、身の回りで役立つ作品づくりや、社会課題を解決するためのものづくりを学習に繋げていくことができ、社会と結びついた学習をサポートすることができます。また、子どもたちがより自由に使うためには安全性は最大限考慮しなければいけない点です。この点、レーザーカッターはむしろ危険が伴っていますが、教育用に開発されたLaserboxでは安全のための配慮が多数施されています。例えば、作業中に蓋を開けてしまった際の自動停止機能や排煙装置は安全性を高めるために大きな役割を果たしています。このような機能が備わっている物では、むしろノコギリなどを使用するよりも安全であるといえます。レーザーカッターといってもその機能は製品によって異なるので、教育に合ったものを選ぶことが重要になります。Laserboxについてさらに見てみると、AIを活用して手書きの絵を基に材料の加工をすることができます。これにより、子どもたちが想像したものをそのまま形にすることができるので、オリジナリティのある「自分の作品」をつくることができます。
このように、レーザーカッターは加工の速さや完成度という点で探求的な学習を強力にサポートします。また、教育用に開発されたものを選ぶことで、安全性を担保し、想像性や個性を生かしたものづくりをサポートすることができます。
6. まとめ
VUCA社会を生きる子どもたちを育てるためには、従来の知識伝達型の学習から、探求的な学びへと移行していく必要があります。探求的な学びを行うためには、ものづくりのようなアウトプットを基調とした学習がとても効果的であり、そこで重要になるのが学習を支援する環境です。学習したことをアウトプットし、そのためにさらに知識をインプットするような環境が理想的で、特にものづくりには安全性や加工の速さなどが重要になります。レーザーカッターは、この環境下で子どもたちの学びをサポートすることに大きく貢献することができるでしょう。
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