【STEAM夜話 Vol.1 開催レポート】
Makeblockは、2020年4月より東京大学大学院 情報学環 山内研究室が行うSTEAM教育に関する研究を支援しています。本研究プロジェクトでは、STEAM教育の研究テーマとして、(1) STEAM教育の歴史・概念・実践の整理、(2) 日本の初等中等教育におけるSTEAM教育のカリキュラム的位置づけ、(3) STEAM教育・教材の評価方法の開発 の3つのテーマを設定しています。現在は、上述したテーマの1点目であるSTEAM教育の歴史・概念・実践の整理を行っており、まず、STEAM教育の源流であるアメリカの歴史について検討しました。その研究成果の発表の場として、山内研究室は2020年5月28日に教育関係者向けの公開研究会「STEAM夜話 Vol.1」を開催しました。当日は、定員の50名を超える教育関係者が参加しました。
本記事は、山内研究室の許可を得て、研究会で東京大学大学院 情報学環 杉山特任研究員が発表された内容と、参加者とのディスカッションを踏まえたまとめについて、当日使用された資料をもとに開催レポートとしてまとめたものです。同研究室が公開している開催報告はこちらから、参考文献は資料をご参照ください。
1. アメリカの教育政策におけるSTEAM教育の位置づけ
STEAM教育とは、「Science (科学), Technology (技術), Engineering (工学), Art (芸術), Mathematics (数学) 」の頭文字をとった言葉で、STEM教育と同様にアメリカから広まりました。アメリカのSTE(A)M教育の系譜をたどる上で外すことができないのが、オバマ政権下(2009-2017)での政策です。オバマ大統領は就任直後の2009年に、全米科学アカデミーでSTEM教育の重要性について演説しています。その後も、科学技術イノベーション政策を重視し、省庁を横断する優先的なプロジェクトの一つとしてSTEM教育の振興を掲げ、積極的に予算配分を行ってきました。
2. 2つのSTEAM教育の源流 ~ジョーゼット・ヤックマンとRhode Island School of Design~
次に、STEAM教育という用語の提唱者と、この用語を一般的な用語として広めた推進者の考え方の違いを見ていきます。オバマ政権が始まる3年前の2006年、STEAM教育という言葉を最初に使ったのは、元デザイナーで技術科教員かつバージニア工科大学の大学院生だったジョーゼット・ヤックマンという女性でした。ヤックマンが提唱するSTEAM教育の理念は、「A」が美術(Arts)だけに限定されないことを強調し、国語や外国語などのコミュニケーション、社会の発展や倫理、リズムや協調性の学習を含む音楽や体育などを含むリベラルアーツを重視する、ホリスティック教育※から着想を得ているものでした。ヤックマンが紹介するSTEAM教育の学習例の中では、段ボールやダクトテープ、ビーズなどの身近な素材を教具として取り扱います。
※ホリスティック教育とは、様々な知識を分け隔てなく生涯に渡って学びながら、社会の中で自分自身の可能性を発揮できるようになることを目指した教育のことである。モンテッソーリ教育やシュタイナー教育などが例にあたる。
また、ヤックマンが在籍していたバージニア工科大学は、2005年にアメリカで初めてSTEM教育の専門課程「統合STEM教育プログラム(Integrative STEM Education)」を設置しています。このプログラムを主導したのは、1990年代にMST統合教育(Mathematics, Science, Technology)を研究していたマーク・サンダース(専門:技術教育)でした。本プログラムについてサンダースは、「統合STEM教育は国語や社会、美術といった他の教科と統合することでさらに力を発揮するだろう」と発言しています。これは、サンダースの指導を受けたヤックマンが提唱するSTEAM教育の源流にあたる考え方でもあります。
しかし、ヤックマンはSTEAM教育の先駆者として認知されながらも、全米にSTEAM教育の重要性を認知させるまでには至りませんでした。そこで登場するのが、「美大のハーバード」とも言われるアメリカ最古の私立美術大学Rhode Island School of Design(以下 RISD)です。RISDでは、MITメディアラボで副所長を務めていたジョン・マエダ氏が学長に就任し、2010年代に「STEM to STEAM 運動」を推進していました。具体的には、コミュニティをつくることを目的としたSTEM教育・芸術教育関係者を集めたワークショップを行ったほか、2017年にロードアイランド州下院議員ジェームズ・ランジュヴィンがSTEAM教育法案を提出した際に、その立案に関与しています。RISDによるSTEAM教育の理念は、イノベーションを生むためにはアートやデザインの専門性を用いる必要があるという、美術大学の専門性や地位の向上を強調するものでした。また、RISDのデザイン教育においては、道具や素材からものをつくることを日常的に習慣づける「ドローイング」、人間の意思ではなく素材の可能性を引き出す「素材との対話」、自分のアイデア・意見を言語化し共有することで改善に向かう「批評(講評会)」の3つが重視されています。
3. 日本の教育におけるSTEAM教育の在り方とは
ヤックマンとRISD、2つのSTEAM教育の源流を見て分かることは2つあります。1つは、どちらの教育にも「計算機(コンピュータ)」が登場していないという点です。コンピュータが登場しないという事実が意味することは、STEAM教育が始まった時点ではコンピュータやプログラミングの重要性が包含されていなかったということでもあります。これらの点について、山内教授は「プログラミング教育が連邦政府の教育政策においていつから重視されるようになったのかを考える必要がある」とコメントしています。プログラミング教育は機械学習への注目に合わせて重要性が認識されてきましたが、機械学習が社会的に注目されるようになったのは2015年頃のことです。一方で、STEAM教育という言葉が使われ始めたのは、それよりも早い2006年頃になります。このような事実も、プログラミング教育がSTEAM教育の源流に含まれていない1つの理由となるでしょう。
2つ目は、それぞれの教育目標や手法、STEAMの「A」の捉え方が異なるという点です。これは、STEAM教育には正答があるわけではないという意味でもあります。特に、教育政策は国家間によって異なるため、「STEAM教育を提唱、推進してきたアメリカの教育政策や2つの源流を参照した上で、自らの立場を決めていくしかない。そのために、本研究を通して日本の初等中等教育におけるSTEAM教育の目標論の検討とカリキュラム的位置づけも行っていく」という山内教授の発言がありました。
4. 今後の展開
いかがでしたでしょうか。今回の中間報告によって、STEAM教育の源流であるアメリカの歴史が理解できたかと思います。次回は、韓国、中国などアジアにおけるSTEAM教育の発展について研究報告を行う予定です。Makeblockから研究会に関わる情報等を発信いたしますので、本研究にご関心のある方は jp@makeblock.com までお問い合わせください。
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